ブログの機能でアクセス解析というもの(livedoorでは有料)があり、それを何気なく見ていましたら、なんと新聞社で記者をしている友人の記事にたどり着きました(笑)。文に出てくる「料亭の若女将になった友人」というのは、私です。2006年1月14日(土)の産経新聞夕刊の記事でした。
産経web 2006/1/14 http://www.sankei.co.jp/news/060114/evening/15iti003.htm
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【食ものがたり】本日のおすすめ セイコガニ
「それはさながら海の宝石箱である」 開高健「越前ガニ」より
いまだにカニがうまく食べられない。初めて夫の実家を訪れた正月、よりによって食卓には大量の越前ガニ。まごまごしていると、義父が身をほぐしてどんどん皿に載せてくれた。食べろ食べろと義父の手はせっせとカニをほぐしてゆく。緊張で味もわからず、このままカニもむけない嫁でいいのか…などと悩みつつ、食べるだけ食べて、終わってしまったっけ。
そんなカニに不器用な女だから、料亭の若女将になった友人を福井に訪ねたとき、「自慢のカニなのよ」と体長二〇センチほどの小さなカニが出てきたときには、思わずため息がでた。これをむけとおっしゃるの? せめてもう少し大きくなりませんか。でも友人は「こっちのほうがおいしいから、食べてみて」。それは言葉どおり、驚くほど美味だった。越前ガニのメス、セイコガニというものだと聞かされた。
旺盛な食の探求家として知られる作家、開高健が愛したのもこのセイコガニだ。取り上げている作品は多いが、中でもずばり『越前ガニ』と題した作品では、次のように書いている。
≪雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。それはさながら海の宝石箱である。丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの“味噌(みそ)”や、なおあれがあり、なおこれがある。これをどんぶり鉢でやってごらんなさい≫
そのどんぶり料理を開高に出したのが、福井県越前町の老舗旅館「こばせ」だ。ベトナム戦争従軍取材から帰国した直後に訪れた開高はここに六年間毎年通った。その後も亡くなる直前まで、旅の合間に「ただいま」とやってきた。主人の長谷政志さん(73)はこう振り返る。
初日は「カニだけでいいから」と念押しされ、大皿に山盛りのカニを出したところ「おいしい」と褒められ、翌日は「おまかせ」になった。あらいのあと、二十一杯ものセイコガニをほぐし、炊き立てのごはんの上に乗せて「先生、今日は手元が狂って、『海の宝石箱』をひっくり返してしまったんです」と出したという。
「熱々の大きな丼を片手にぽんと持つと、『アア』とか『ウン』とかうなりながら、文字通りがむしゃらに、むさぼるように一気に平らげられたんです。そしてぽん、とおなかをたたかれてね。『満足!』というようなそのしぐさがなんともうれしそうでかわいらしくって、今でもよく覚えています」
後日、開高から大きな箱が送られてきた。開けてみると、自ら作った宿のパンフレット。長谷さんと交わした宿についての話が、温かみあふれる言葉でつづられていた。今も宿ではそのパンフレットを使っている。
「オスに比べて姿かたちの劣るメスを『海の宝石箱』なんて表現されたのは、先生ならでは。冬に咲く水仙の束を風呂に浮かべていることも『優しい知恵である』と書いてくださった。豪放磊落(らいらく)といわれますが、とても繊細でお優しい、言葉の魔術師のような方でした」
開高がいつも泊まったという部屋の入り口には、「この家ではいい雲古の出るものを食べさせてくれます。保証します。開高健」と書かれた色紙が飾られている。それではさっそく食べさせてもらいます。
大きな丼鉢にセイコガニ七杯分が山盛りにされた「開高丼」を、開高のように「ガブッ」とやってみた。
卵のプチプチした食感、「味噌」のコク、弾力のある内子。いつも四苦八苦しながらちびちびと食べる、あのすべてを一気にかきこむ快感。口いっぱいにほおばると、確かに「ああ」「うん」と、うなり声のようなため息のような声しか出ない。
名前は丼だが、ご飯よりカニの方が多い気がする。辛口の日本酒なんかがぴったりあいそうだ。記者が訪ねた日は、大雪の合間の快晴で、窓の外に広がる日本海は、まぶしいほどきらきらと光っている。思わず仕事を忘れそう。
水仙が浮かべられた温泉や雪見酒の風情、そして丼の忘れがたいおいしさ。「この冬をそうしてすごせたら」。たまった仕事が待ち受ける大阪へ帰る電車の中、『越前ガニ』の最後の一行が思わず口をついた。
≪おしながき≫
■セイコガニ ズワイガニは水揚げされる場所によって「越前ガニ」「松葉ガニ」など呼称が違うが、いずれもオスのカニ。セイコガニはメスのカニで、地域により「セコガニ」「コウバガニ」などとも呼ばれる。産卵保護のためオスよりも漁期は短く、1月10日まで。体長は約20センチ前後と小さいが、卵(外子)や卵巣(内子)、カニみその味は格別で、最近はインターネットの通信販売でも扱われるようになっている。
木村さやか・文