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もうひとつのワイン会~ぶどうの芸術♪ ブルゴーニュワイン(古酒の会) その1~

1月25日に、もうひとつのワイン会を開催させていただきました。


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今回のテーマは、ブルゴーニュワイン古酒です。

1ヶ月以上前に、ワインの師匠Y先生のお宅から10本のワインを運び、うおとめのセラーで静かに立てておきました。
ブルゴーニュの赤ワインは、ピノノワールというブドウ品種から造られていますが、そのピノノワール種は、とても澱が細かいので、飲む時に澱が立たないようにするためです。


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それで、俳句は 「どこまでもピノの香りの冬座敷」。

きっとワイン会の最中は、お部屋がピノノワールの香りがいっぱいに満ちるだろうと思ったのです。

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今日のワイン達です♪
全部で12種類。

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半分ずつ写真も撮ってみました。


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本当は「13番目の食後酒も用意しましょう!」と「わかった!じゃあ、当日持って行くわ♪」とY先生と打ち合わせしていたのですが・・・・・・・・。

Y先生、お店にいらっしゃってから、「あ・・・、忘れてしまった/(;-;*)

ということで、幻のワイン(笑)となり、次回になりました。

今回のワインを一つ一つ、ラベルでご紹介します♪
①と②は、うおとめでご用意しました。
その他は、Y先生です。

ワインの説明は、ネットなどから抜粋させていただいています。

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Champagne
①1998 J.Lassalle Chigny-Les-Roses
設立者のジュール・ラサール氏の死後、娘のシャンタル・デゥセール・ラサール氏が伝統的な醸造方法や品質を守り続け、現在では名声を博し、ロバート・M・パーカー氏から5つ星の評価を受け、ワイン・スペクテーター誌では、最高点の93点の評価を得ている。


White Wine

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②2006 Corton-Charlemagne Grand Cru / Alex Gambal
ボーヌに拠点をおく小さなネゴシアン当主アレックスさん、実はワシントン出身のアメリカ人!15年前に初めてブルゴーニュを訪れてこの土地のワインに惚れ込み、家族総出で移住してきた。しかも前職はまったくの畑違い。素人であったアレックスさんがネゴシアンを立ち上げてから10年、フランス国内での評価も徐々に上昇中!有名なフランス人ワイン評論家ミッシェル・ベタンさんにも「周りのフランス人に支えられて」という注訳つきで認められています。まったくフランス人って素直じゃないのよね、まぁ大のアメリカ人嫌いだからしかたないか・・・そんな彼らのお株であるワイン業界に進出した勇気あるアメリカ人アレックスさん、苦労は並大抵ではないはず。現在も問題は色々あるようだが、根気良くブドウ生産者たちと話し合いを続け改善されているとのこと。彼のワインに対する情熱・愛情・尊敬なくしてはここまで来られなかったでしょう。


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③1986 Batard Montrachet / Maison Louis Latour
特級ワインを最も多く所有する「ルイ・ラトゥール」は、この地で家族経営を守り続けている世界的に著名なワインメーカー。その歴史は、1731年に一族がブルゴーニュの中心コート・ド・ボーヌでぶどう畑を所有し、ぶどうの栽培と樽づくりを手がけたことに始まる。1768年にアロース・コルトン村へ移住した一族は、フランス革命直後の1797年に、醸造家かつネゴシアン(ワイン仲買人)として創業を迎え、まだ残る革命の余波をもろともせず、徐々に自社畑を広げていった。


Red Wine

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④1956 Pinot Noir Napa Valley / Inglenook
ニバウム・コッポラ・ワイナリー(Niebaum-Coppola Winery)
1842年 Nybom氏(1873年にNiebaumと改名)がフィンランドのヘルシンキで生まれる。
1864年 Nybom氏がアラスカに移住する。
1887年 Inglenookにシャトーを建設。ワインの製造を始める。当時の名称は Inglenook Winery。
1914年 John Daniel, Jr.がワイナリーで仕事を始める。
1937年 John Daniel, Jr.がNiebaum婦人死去に伴いワイナリーを買収。
1969年 Heublein Inc.がワイナリーの共同体を買収。Inglenookのワイナリーも買収されることになる。
1970年 John Daniel, Jr.死去
1975年 フランシス・フォード・コッポラが住居を含むワイナリーを買収。名前を「ニバウム・コッポラ・ワイナリ」とする。
1978年 ニバウム・コッポラ・ワイナリとして初めてのワインを出荷。名前は「ルビコン」
1982年 ワインコンサルタントのAndrTchelistcheffを招聘。高級ワイン作りが本格化する。
1985年 ビンテージワイン「ルビコン」を発売。
1995年 コッポラは、残りのInglnookの敷地を買収。全体的に改装した。
1999年 Sofia Blancというスパークリングワインを発表。商品名は娘の名前からとった。
2002年 ニバウム・コッポラ・ワイナリの南側の土地を買収。そこをルビコンワイナリとした。

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⑤1983 Beaujolais Villages / Georges Dubeuf
ジョルジュ・デュブッフ、その一杯には、ボジョレーの伝統的な葡萄、ガメ種ならではの典型的なフレッシュさ、生き生きとした楽しさがあります。特級に相当する村名ボジョレーには洗練と深みの心地よさがあります。デュブッフのワインの魅力は「命のよろこび」にも似た味わい。 北のコート・ドールの銘醸やボルドー・メドック地区の名酒の模倣を一切せず、伝統的な醸造法を用いて、ボジョレーという土地でしかできない、ボジョレーならではの味わいを生み出すこと。彼のこうした理想に同調した多くの栽培家・醸造家たちが傘下に集まり、今日の世界の銘柄「ジョルジュ デュブッフ」をつくりあげたのです。その目印は、美しい花のラベルのワインです。


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⑥1995 Pinot Nero / Serafini & Vidotto
ヴェネツィアの北東に位置するワイナリー。平均樹齢18年のぶどうから造られる。 生産本数3000本。ガーネット色の赤く熟した色合い。ブルーベリーや苺の香り存在感がある香り。後味が膨らむ程よいタンニン。仔羊のローストなどの料理に合う。

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⑦1972 Corton Cuvee Docteur Peste / Hospices de Beaune
1443年、ブルゴーニュ大法官ニコラ・ロランと夫人ギョーヌ・ド・ロランによってオテル・デュー設立されました。この施設の運営費を捻出するために夫妻がブドウ畑を寄進し、それ以来篤志家達の寄進が続けられました。そして毎年11月第3日曜日にオスピス・ド・ボーヌのワインの競売会がブルゴーニュを代表する一大イベントとなっています。現在ブドウ畑の総面積は58haを超えて、そこから造られるワインはそれぞれのネゴシアンが責任を持って仕上げます。各寄進者ごとのCuvee表記で、ワインは殆どが同一村内のの複数の畑のもののブレンド。


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⑧1983 Griotte Chambertin / Domaine Des Chezeaux
ドメーヌ・デ・シェゾーは地主さん。特級畑のグリオット・シャンベルタンの約60%を所有し、また、ジュヴレ・シャンベルタンやシャンボール・ミュジニー(特級畑クロ・サン・ドニも!)にも素晴らしい畑を所有している。
現在はドメーヌ・ポンソ、ルネ・ルクレール、そしてドニ・ベルトーの3ドメーヌにその畑を貸している。彼らは畑を借りてワインを造っているが、それらの半分は各自のオリジナルラベルで出荷され、残りは「地代」としてシェゾーに納め、シェゾーラベルで出荷。

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⑨1984 Clos De La Roche / Domaine Ponsot
モレ・サン・ドニを本拠地にブルゴーニュ屈指のワインを産み出すポンソ。現在は4代目のローランの下、テロワールの持ち味を最大限引き出す為、有機栽培と極力自然な醸造を信条とする。特級畑クロ・ド・ラ・ロッシュは、誰もが求める蔵元の銘品。

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⑩1989 Echezeaux / Jayer Gilles
アンリ・ジャイエのいとこのロベール・ジャイエ、その息子のジルがその後を引き継いだドメーヌ。1948年、ロマネ・コンティの元醸造長だった故アンドレ・ノブレの弟子としてDRCで経験を積んだ後、ワイン造りを始めた。現在、妻のジル家が代々育ててきたオート・コートのブドウ畑と、ジャイエ家のエシェゾー・(特級)とニュイ・サン・ジョルジュ・レ・ダモード(1級)等を合わせて、合計11haの畑を所有している。1990年にはロベールが引退し、息子のジャイエが後を継いだ。先代ロベールからの手法を守り続けたワインの特徴は、新樽100%で熟成。ドメーヌでは、新樽を使用しないのはブルゴーニュ・パストゥグランのみというこだわりを貫いている。

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⑪1991 Charmes Chambertin / Claude Dugat
全盛期のロマネ・コンティを脅かす存在と言われ、ロバート・パーカー氏が100点を付けたワイン、1996グリオット・シャンベルタンを世に送り出したクロード・デュガは、ブルゴーニュで最も偉大な数少ない生産者。他にパーカー氏がブルゴーニュで100 点を付けたワインには、1990 年以降、ドメーヌ・ルロワの3 つのワイン、・93 ロマネ・サン・ヴィヴァン・93 リシュブール・93 クロ・ド・ラ・ロッシュがあるが、いずれもその生産量は少なく、世界のワイン愛好家がどんなに恋焦がれても、なかなか手に入れることは困難。クロード・デュガのワイン造りは家族に代々伝わる伝統的なもので、その信条は収量が少ないこと、収穫されるブドウが生理学的に完璧に熟していること、古木であること、セラーが清潔であること、そして自然と協調して手をかけすぎないという不干渉主義にもとづいている。クロード・デュガは 1989年より正式に“リュット・レゾネ”を始め(減農薬農業で不必要な農薬は一切使用しない)、化学肥料を与えず、岩草や海草を畑に与えている。これは肥料というよりは、土壌を刺激するためで、これによりテロワールの個性が際立つようになる。クロード・デュガが不干渉主義といっても、何も手をかけない、と言う意味ではなく、   じっくりと畑を観察している。たとえぶどうが病気にかかっても、すぐに対処はせず、自然に治るのを待ち、15%以上のぶどうが病気にかかってしまって初めて対処にかかる。そうして土壌やぶどうの自己治癒力が年々高まり、よりテロワールを表現したワインが造れるようになった、とクロードは語る。

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⑫1994 Richebourg / Anne & Francois Gros
ミッシェル・グロの父があの有名なジャン・グロ (Jean Gros)、祖父はルイ・グロ (Louis Gros)だそうだ。ジャン・グロは知っていても、ルイ・グロを知っているオールド・ファンは少ないだろう。元々グロ家としては、アルフォンス・グロと言う人から始まったらしいが、現在のグロ家はルイ・グロが築いたらしい。そのルイ・グロが1951年に他界して4人の子供が畑を引き継ぎ、やがて3つのドメーヌが誕生する。すなわち、ジャン・グロ(Jean Gros)、フランソワ・グロ(François Gros)、さらにグロ・フレール・エ・セール(Gros Frere et Soeur)で、グロ・フレール・エ・セールは、ギュスターヴとコレットの共同経営だった。因みに、フレール(Frere)は兄弟で、セール(Soeur)は姉妹だから、英語ならば「Brother and Sister」になる。コレットはグロ・コレット(Gros Colette)の名前でもワインを出していた。その後、フランソワ・グロは、娘のアンヌが成長して一緒にドメーヌを支えることになり1988年アンヌ・エ・フランソワ・グロ(Anne et François Gros)と改名、さらに1995年フランソワの引退で娘の名前だけのアンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)になる。また、このアンヌはドメーヌ・トロ・ボー(Domaine Tollot-Beaut)のジャン・ピエール・トロに嫁いでいる。一方、ジャン・グロは3人の子、ミッシェル(Michel)、ベルナール(Bernard)とアンヌ・フランソワーズ(Anne Françoise)に畑を引き継ぐのだが、グロ・フレール・エ・セールのギュスターヴとコレットが独身で子供ができなかったので、その分をベルナールが引き継ぐ形になり、結局、ジャン・グロの子は3つのドメーヌ、すなわちミッシェル・グロ、アンヌ・フランソワーズ・グロ、グロ・フレール・エ・セールをそれぞれ経営することになった。本家はどれかとなれば、やっぱりミッシェル・グロでしょうね。でも、畑の多さや家の豪華さではベルナールが一番だと言われている。と言うことで、一番紛らわしいアンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)とアンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)は従姉妹どうしだが、ドメーヌとしてはまったくの別物だとわかる。アンヌ・フランソワーズのワインラベルには本人の顔が描かれていて、それを見るととてもきれいな女性だ。(例えば、コレ!)因みに、アンヌ(Anne)とアンヌ・フランソワーズ(Anne Françoise)は女性で、フランソワ(François)は男性。フランス語を知っていればなんてことはないのだろうが、知らないと何ともヤヤコシイ。さらに、アンヌ・グロ(Domaine Anne Gros)とアンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)のフラッグシップ・ワインはと言えば、どちらも「リシュブール」だからまたまた混乱の元だ。おまけに、アンヌ・フランソワーズ・グロ(Domaine A.-F.Gros)は、ヴォルネーからポマールに移ったドメーヌ・パラン(Domaine Parent)のフランソワ・パラン(Françoise Parent)に嫁いで正式にはアンヌ・フランソワーズ・パランと言う名だが、ドメーヌ名はそのまま。夫の方はドメーヌ・フランソワ・パランとして独立。さらにさらに、夫の元の、ドメーヌ・パランはカトリーヌとアンヌ(また出てくるアンヌだがこれも別人)と言う姉妹が経営しているってことで、もう何がなんだかわからない。

Dessert Wine ?
⑬???

で、13番は???が本当の幻になりました(笑)

その2に続きます♪





コメント (4)

たかし:

若女将さんへ

我が家へ来るサンタさんの中に、
イギリス帰りの男のサンタさんがいます。
飲むのはいつも女のサンタさんですが、
その男のサンタさんは、マイボトルオープナーを
ポケットに潜ませていて、いとも簡単にボトルを開けて
他のメンバーの喝采を浴びています。
ワインのことは、味も値段もまったく分かりませんが、
開けるのが大変だということだけは知っています。
だから、良いワインが手に入っても送らないで下さい。
催促ではありません。正直なところです。(蛇足でした)
次回は、ビールサーバーを借りて、
6~7人で14リッター呑む計画になっています。
量が多いのか、少ないのかも想像がつきません。
これも女のサンタさんの発案です。


     たかし   でした。

>たかしさん

こんにちは!
へー!いいサンタさんがいて幸せですね♪

開けるのは大変なのは、コルク栓だからです。特に古酒はコルクが劣化しているので大変です。
今は、簡単に開くスクリューキャップのワインもありますよ。(送りませんが(^-^))

ビールサーバーは、キリンですかね?7リットル入りの樽を2本開けようという計画かな?

14リットルだから6人だとして1人2.3リットル、大瓶にしたら、1人4本も飲まない計算です。

たかしさんには、チョロイもんだと思います(笑)

ぜひ、その計画の日にご招待ください。私もマイ・ソムリエナイフ持参で参戦します(爆)

hideki:

マニアの世界に突入ぅ!!
って感じぃ~

>hidekiさん

本当に・・・・・・。

マニアックだと思います(汗)

でも、感動的なワイン会でした(満足)

お客さんになりたい・・・(笑)

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2010年01月27日 13:31に投稿されたエントリーのページです。

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