新撰組副長の土方歳三の誕生日です。
歴史上の人物で大好きな人が「土方歳三」です。
以前、NHK大河ドラマで「新撰組!」がありましたが、大好きな山本耕史さんが土方歳三役をされたときには、二重に喜んでいました♪
「鬼の副長」といわれるくらい、新選組内部では、常に新選組の規律を隊士らに遵守させ、規律を破った隊士に対してはたとえ幹部の人間であろうと切腹を命じて、隊士から恐れられていたとされています。そのため、新選組隊士の死亡原因第1位は切腹であったと言われています。
そんな鬼の副長も、実は俳句をたしなむ風流人でもありました。自ら「豊玉発句集」と題して句集まで作っていたのです。
たとえば、
・うくひすや はたきの音も つひやめる
鶯の声に掃除していたはたきの手も止めて、その鶯の声に聞き入っていたのでしょう。
こんな句を「鬼の副長」が詠んでいたのです。
本当は心の優しい方だったのでしょう。
そして、
・横に行く足跡はなし朝の雪
横道に反れている足跡はなく、まっすぐに進む足跡しかない・・・と詠んでいます。綺麗な雪の朝、「まっすぐに歩いていこう。」と何か決心を確認したかのような句だと思います。
こんな句もあります。
・しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道
・しれば迷い しらねば迷ふ 法の道
深いな・・・・・・。
34歳で亡くなるまで、独身を貫いた人だったそうですが、とてもモテた方だったそうです。
たくさんの恋文をもらっていたそうです。
・来た人にもらひあくひや春の雨
・山門を見こして見ゆる春の月
・公用に出て行くみちや春の月
・梅の花一輪咲いてもうめはうめ
そして、春の句がとっても多いのです。
春を愛する方だったのでしょうか・・・。
最後には、箱館戦争にて戦死しますが、その時の辞世の句が「よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東の君やまもらむ」と伝わっています。
最後まで君子をおもって全うしたのだと思います。
歳三の義兄、佐藤彦五郎の句、
・待つ甲斐もなくて消えけり梅雨の月
ですが、梅雨の月とはなんとも悲しい・・・・・・・・。
いつまでも少年の心を持ち続けていた土方歳三さんでした。
改めて、参謀として見習うべきものを教えていただきました。
【土方 歳三(ひじかた としぞう、天保6年5月5日(1835年5月31日)】
明治2年5月11日(1869年6月20日))は新選組副長、幕末期の幕臣。諱は義豊。雅号は豊玉。新選組鬼の副長として皆に恐れられた。戊辰戦争では幕府側指揮官の一人として図抜けた軍才を発揮し、いわゆる「蝦夷共和国」においては陸軍奉行並箱館市中取締裁判局頭取に就任した。家紋は左三つ巴。
(wikipediaより)
