第20回国民文化祭が福井県で開催されます。その開催日まであと11日となりました。
毎年、市内の料亭が「源氏物語アカデミー」でお出ししている『越前御膳(えちぜんおもの)』を今年はこの国民文化祭の中の「源氏物語フェスティバル」でお出しすることになっております。
『越前御膳』とは、平安の食の再現です。平安時代の食事(紫式部がどんなものを食べていたか)を参加者の方々に体験していただこうという試みです。
平安時代の料理を研究している方と料理業組合とが協力して、当時の文献などをもとに、忠実に再現しているそうです。
平安時代の時代背景からみて、これがご馳走だったのだなと「なるほど」というメニューとなっています。
七五三といえば11月15日ですが、近年は9月になるやいなや(!)始まって11月いっぱいまで続く年中行事となっているそうです。
娘は満3歳になり、本来は厄除けの意味も含め”数え年”でお参りするそうですが、去年行けなかったので、今年お天気のいい日を・・・と思って昨日(11月5日)に行ってきました。
武生(越前市京町)にある総社大神宮へ行ってまいりました。
古来、七五三は3歳を「髪置き」、5歳を「袴着」、7歳を「帯解き」の祝いといい、大事な人生儀礼とされてきました。単に子供に綺麗な衣装を着せて写真を撮るだけではなく、今後も神様からお守りいただけますよう、健康に過ごせますように、家族でお参りしました。
次女は着物を着る予定ではなかったのですが、お姉ちゃんが着ると「私も!私も!」ときかないので、家にあった着物と私が30年前にした帯をつけて一緒に連れて行きました。やっぱり女の子はおめかしが大好きですね♪
昨日は子供が通う幼稚園の年に一度の行事でした。
毎年12月の登園日の最後の日は「クリスマスのペイジェント」があります。園児が毎日練習したミュージカル風(賛美歌)の劇の発表の場でもあります。クリスマスの日にイエス様がお生まれになったときのことを園児たちが再現するのです。色々な役があり、私の娘二人も”羊(ひつじ)”の役でした。みんな練習して大きな声で歌って、そして一つ一つ役目を果たしているのをみると、ちょっとうるっとしてしまいます。夕方に行われるので、そのペイジェントの途中には電気を消して、ろうそくの灯りでとても幻想的なシーンもあります。
ペイジェントの後は、なんと「サンタクロース」の登場です。
大きな袋に入ったプレゼントをみんなに置いていってくれました♪
(やっぱりサンタさんも武生弁でした。)
今日、奈良の若草山の山焼きが開催されました。無事燃えたようです。
私の奈良の実家からは、とても山焼きの焼けるのがよく見えます。春日大社の聖火から松明に火を移し、若草山麓まで火を運ぶ聖火行列や、山焼きの無事を祈る祭典がとり行われた後に花火そしてラッパの合図と共に火が入れられる、一大イベントです。消防分団の方や県の職員、警察や公園事務所の方やいろいろな方の協力で山焼きが行われています。
若草山焼きについては http://www.kasugano.com/wakakusayama/ をご覧ください♪
~上記HPより~
山焼きの由来
一般に信じられているのは、春日・興福寺と東大寺の領地争いがもとだといわれています。詳細にいうと、現在奈良公園の中を流れている吉城川を境として、南
側が春日・興福寺、北側が東大寺の領地であり、その吉城川の上流が水谷川で、この川は春日山と若草山の谷間を作っています。若草山の西南の麓には東大寺の
作った石荒神があり、二重目の谷間には春日末社の石地蔵(南無春日大明神とかかれており、明治時代に一重目春日末社野上神社に移されました、さらに三重目
頂上にある鶯塚には東大寺の立てた石碑が残り、両社寺の境界が若草山一帯では相当複雑であったことを物語っています。 若草山焼の起源の一説は、双方の境
界関係が表面化した宝暦10年(1760年)、奈良奉行がこの事件を5万日預かると仲裁し、関係者立会いで山を焼いたのが始まりと言われています。
また、一説には、この若草山にひそむ猪を追い払うためとか、あるいは害虫を焼き払うためとか、さらには春の芽生えを良くするための原始的な野焼きの遺風を伝えたものとかの起源との考もあるようです。いずれにしても勝手気ままに焼くと付近の堂塔伽藍に延焼する恐れもあるので、毎年日を決めて焼くことになったものでしょう。 明治以降をみると、明治11年2月23日に行われ、現在のように夜間行事となったのは同33年2月17日です。(春日日記)戦前は、2月11日に行われ、昭和25年からは、成人の日であった1月15日に行われていました。
平成12年からは、祝日三連休化を目的とした祝日法の改正により、曜日指定となった「成人の日(1月の第二月曜日)」の前日の日曜日に行われています。
若草山の由来
若草山は古くから葛尾(つづらお)山、九折(つづらお)山といわれ、江戸時代中期にもこの名前で呼ばれています。奈良時代の終わりから平安時代の歌には若
草山の名前がでてきますが、葛尾山の雅称であったようです。葛尾山の記述は、1589年の「多聞院日記」にも見られ、当時もまだこの名前で呼ばれていたと
いえます。
若草山という名前は文久元年(1861年)古地図にはその名称が記載され、この頃は「若草山」の名前の方が一般的になったことがうかがえます。
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主人はまだ、この若草山焼きを見たことがありません。ぜひ一度見てみたいと申しております。2007年は1月14日の予定だそうです♪
武生の文化センターの2階にある「デルソーレ」さんのシェフが主催で、色んな方々が参加されていました。
それはそれは豪華な花見で、まずはデルソーレのシェフが作ってくださったお料理の数々・・・。サラダ、手づくりハム、ピザにホットサンドまで。
バーベキューもあり、そして寿司職人の方もおられたので、なんと目の前で握っていただきました。素晴らしい♪
何から手をつけてよいか、分からないくらいでした(笑)
主人が朝市場で買ってきた「がま海老」と「ハマグリ」もバーベキューに。
そして、海鮮サラダもさっぱりと。
そして美味しいシャンパンやワインもたくさんいただいてまいりました。
ワインの手配はイタリアン料理教室のシェフ。
「花見といえば野点?!」ということで、私も野点セットを持っていき、お干菓子と抹茶をみなさんと楽しみました。
とてもいいお天気で、桜も満開。本当にお花見にふさわしい一日でした。
今日は、町内の納涼祭でした。
まずはやっぱり、子供にとって魅力的なヨーヨーつり。
これはっ!?!ずるいっ!
いかさまヨーヨーつり・・・。
やきそばを焼くのは、町内でも有名な美男子(?!)の魚屋さんのN本M弘さん。
焼きそばの焼き方と味には、かなりこだわりがあるそうで、確かに毎年、吾妻町の焼きそばは美味しいです。
こちらのたこ焼きコーナーでは、プロ級の腕前で焼き上げていかれます。
たこ焼きも本当に美味しいです。
今日仕事がお休みだった妹(義妹)といっしょに来ました♪カンパーイ!
かき氷も昔ながらのかき氷器で、掻き立てをいただけます。
イチゴ味を選びました♪
なんと生ビールもあります。
真剣にビールと泡のバランスを見極めて。
司会者はうちの主人でした。
毎年恒例の、祭りの最後のお楽しみ、ビンゴゲーム!!変なコスチュームで現れた司会者(主人)に、びっくり!
娘は、「○○ちゃん(自分)のパパは、マジレンジャーなんだよ♪」と言っていました。
こんな、町内のアットホームなお祭りは、本当にいいと思います。町内の自警隊や婦人会のみなさんが、町内のために温かくお祭りを盛り上げています。このような小さなお祭りから何かが始まっていくのかもしれません。
越前市が誕生し、去年までは「たけふ夏まつり」でしたが、今年からは「越前市サマーフェスティバル」と名称を変更し、8月14日~15日の2日間開催されます。
今日は、YOSAKOIなど路上パフォーマンスが実施される「OMOッSEまつり」、夜は約2500人が参加し中心市街地を踊る「ふるさと踊り」がにぎやかに行われました。
OMOッSEまつりの中に、今年から「仮装コンテスト」というのが登場しました。仁愛大学の学生がメイドの衣装を着て接待する秋葉風カフェなどもありました。
うちの主人も「お調子者」で参加してきました。
審査の結果は、星10個、残念ながら入賞ならず(涙)。
こちらは、仮装コンテストの面々。ふるさと踊りといっしょに踊っています。
今日のメインの「ふるさと踊り」。
各団体がそれぞれ色とりどりの浴衣を着て踊っています。
いろんな鉾もでていました。
加賀山昭さんによる生演奏で踊りも盛り上がります。
毎年、秋に「ふくい県民総合文化祭」の「ふれあいフェスティバル」のイベントの一つとして、「源氏物語アカデミー」というイベントがあります。このイベントは、源氏物語アカデミー委員会が運営しており、コンセプトは、
「千年の時を超えてなお汲めども尽きぬ魅力と光彩を放つ源氏物語、その作者である紫式部について、観る・聴く・味わうをコンセプトに、講演や講義だけでなく実際に体験・見学を通して得られる感動を市民と全国の人が共有できる場(フィールド)を提供し、絶えず本物志向で展開すべく「源氏物語アカデミー」を開催する。」ということです。
毎年、2日間の催し物の中で、一日目の夕食が、『越前御膳』となっています。
越前市内(旧市街)のいくつかの料亭に分かれて、古代食の晩餐会が行なわれます。
源氏物語アカデミーの方が、色々と古代の資料と照らし合わせて趣向をこらした献立を作られ、それを各料亭がお出しします。
菊と蕨のひたし、酢紅(赤芋茎の酢漬)、ぜんまいの白和え、蘇(牛乳を煮詰めたもの)、楚割すわやり(鴨の燻製・御紫の干物・鮭の燻製)・漬物
真ん中に見えるのは、濁り酒です。
五色餅、木菓子(焼栗・生柿・金柑・銀杏・松の実)、貝物(焼蛤・床節の旨煮・サザエの壷焼き)、追物(鯖鮨・越前雲丹・越前地鶏の串焼き)、鯵の奉書焼き、唐菓子(索飯・結果)
献立は、この他にも赤米の粥、茸の汁物、生物(お刺身)、氷菓(菊アイス)などがありました。
私がよくお聞きしたのが、「赤米の粥」が美味しかったということです。「味付けがとてもよい、他では食べられない」とお褒めのお言葉をいただき、光栄に思っております。
ありがとうございました。
唐菓子は、アカデミーの方が2・3日前からご準備されたそうです。
そして、お餅は、以前このブログにも登場していただきました「あめこ餅屋」さんのお餅です。http://blog.livedoor.jp/mksh9353/archives/50761993.html ←あめこさん登場記事。
皆さま、平安時代にタイムスリップして、平安貴族の晩餐を楽しまれていたようです。
今年も越前蟹漁が11月6日に解禁となり、今日うおとめにも蟹がやってきました!
こちらが越前蟹のメス。
この辺では、「せいこ蟹」とか「せこ蟹」とかと呼んでいます。
金沢の方に行くと、「香箱蟹」とよばれたり、「こっぺ蟹」とかいうところもあるそうです。
早速、初物をいただきました♪
この黄色のパッチンが、越前港で揚がったという証拠です。黄色が目印で、このパッチンに「○○丸」などと名前が書いてあります。それが、この蟹を獲った船の名前なんです。
越前の船は、香住港などの船と比べて小さいので、漁に出ると何泊もせずに帰ってきます。香住などの船は大きいので何泊かして、港に戻ってきます。そのため、越前港の蟹が重視されるのは、鮮度がいいためです。
この季節がやってくると、冬ももう近いと感じますね。
4年前くらいからお正月飾りに晩白柚(バンペイユ)を使っています。
この晩白柚は熊本県八代市から毎年取り寄せているものです。
晩白柚の名前は、味や香りが台湾在来の麻豆白柚(まとうぺいゆ)に似ていて、熟期が遅いところから晩生白柚(ばんせいぺいゆ)、晩白柚と名付けられたと言われています。
外観にこだわらず本来の味を引き出すためには熟期を迎えて収穫するのが一番だそうです。
大人の顔よりも大きいこの晩白柚は、お正月床に飾ると、とてもおめでたい雰囲気を与えてくれます。そして何より、飾ったあとは食べれるのです!そのお味はというと、「こんな美味しいものだったの?!」というくらい美味しいのです。グレープフルーツのようですがそんなにすっぱくなくて甘みがあり、実がぷりぷりとしていて食感は八朔のような感じです。
みなさまも一度お試しください!みかんがお好きな方ぜひどうぞ!
↓ここの「ふるた果樹園」さんで買っています!
ふるた果樹園 http://www.banpeiyu.com/
今年もお花見の季節となりました。毎年、月曜日のお花見イベントがあるのですが、今年も盛大に盛り上がりました。
2007年のテーマは、「ジャパニーズ・トラディショナル・キュイズィンヌ」ということで、オーソドックスな日本料理にしようと決まりました(笑)
で、私(若女将)の担当は、去年に引き続き「野点」です。
テーマは日本料理ですが、ワイン愛好家がそろっていますので、お飲み物はワ・イ・ンです♪
20本くらい用意しました。
おつまみです。
参加者の方の楽しい会話。参加者は大体が月曜日のお休みの方ばかり・・・か都合がつく人・・・か毎年この花見のために会社を休む人;です。
そして、おでん!すごい量!でも仕事がいい・・・・大根の面取りまでしてあります。それに出汁は鶏2匹使って仕込んだそうです。素敵です。
はたはたの干物も炭火で焼いて、美味しい!!!
これは、うちの主人です。
うおとめの帽子をかぶっております。
そう、天ぷら担当です。
春野菜をはじめとして色んな具材を用意。
野外で、揚げたてを食べるのは極上の至福のひととき。
とくに、筍と生麩が人気でした。煮て味をつけてから天ぷらにしているので美味しいはずです。しかも揚げたて♪
なんと、天ぷら屋さんのお隣は「お寿司屋さん」が!!
プロの寿司職人の方がその場で握ってくれるんですよ!みんなお皿を持って並んでいます。
子供が一番正直なのですよ。このお寿司屋さんの前から離れませんでした(汗)
この雲丹は、「よーいどん!」で取り合いました(笑)
お鍋も始まりました。
そして、お腹もいっぱいになったところで、桜の下で主人が三味線を引き出しました!
なかなか桜の下の三味線は粋なもんです(^0^)
すると、バイオリンを持ってる方も参戦?!
黒田節~♪
山中節~♪
その他いろいろ~♪
←この方が、お花見の主催者さんです。越前市文化センター2Fのイタリアン、デル・ソーレのシェフです。
おまわりさんが・・・・。
しばらく、じーっと見つめておられたので、何か注意されるのかとびくびくしていたのですが・・・・
主人は、おまわりさんに、「昔は芸妓さんを連れて『山行き』と『川行き』に分かれて花見をしたもんなんですよ。今はそんな粋な花見はなくなりましたけどね~」と話すと、「そうか、今日は山行きだね」と言って、去って行かれました。で、主人、「生意気ですみません;」
私が担当したお抹茶も飲んでいただきました。